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東京簡易裁判所 昭和39年(ト)84号 判決 1965年2月26日

債権者

松本浜子

代理人

秋山邦夫

外一名

債務者

日本電信電話公社

代表者・総裁

大橋八郎

代理人

新宮賢蔵

外二名

主文

債権者の本件仮処分の申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

債権者代理人は債務者は債権者の別紙目録記載の電話加入権を松沢電話局から他局に変更し並びにその処分をしたり且つ右加入権に基く通話方を妨害してはならないとの仮処分を求め≪以下、申請の理由省略≫

債務者訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求め≪以下、答弁省略≫

疎明関係≪省略≫

理由

本件電話加入権は昭和二十三年頃から債権者の夫松本義蔵名義であつたが昭和二十八年(債権者は昭和二十三年と主張する)以降債権者名義に変更されたこと、この電話を調布市金子町一五〇五所在の株式会社調布自動車練習所が使用していること、昭和二十三年頃調布電話局は交換を通ずる為極めて不便であつたため申請外松本義蔵経営の鉄工所が特別に多額の架設費を支払つた普通電話加入区域外の松沢電話局に加入収容を許されたものであること即ちいわゆる他局加入の電話が架設されたこと、昭和三十九年五月三日債務者たる公社より債権者に対し同年六月十四日に松沢電話局より債権者の住所のある調布市を加入区域とする調布電話局に所属替する旨の通告をしたことは当事者間に争がない。

ところで公社と電話加入者又は電話申込者との法律関係は私法上の契約関係もあり権力的作用を有する公法上の関係もあり其の利用関係の内容は日本電信電話公社法、公衆電気通信法(以下単に法という)及び其の附属法令並にそれら法令の認容する範囲内で公社が定めた営業規則によつて画一的定型的に定められ個々の加入者との協定により具体的に定められたものでないからいわゆる附合契約の形態をとつている。電話加入者は加入電話の設備を利用し且役務の提供を受くる契約上の権利いわゆる電話加入権を亨有するものである。其の電話加入権の内容は公共の福祉と利用関係の公平性とのため公社の公権力ある行為により利用者が拘束を受ける部面もあるのである。

而して本件電話は法第二十九条第五項但書の承認要件を具備したとして公社より他局加入を承認せられた特殊取扱の電話であるところ、前記の通告は公社が一方的に法第二十九条第四項但書の他局加入を認める特殊事由が消滅したとして加入電話の設置場所を変更する即ち取扱電話局の所属替をする通告であることは債務者たる公社の自ら認めるところである。然し右の法並に営業規則に依つて公社が一方的に斯る変更をすべきであることが認められているならば該通告行為は不法行為でも契約違反でもないこと固よりである。

そこで右の法並に営業規則が公社が一方的に斯る変更すべきであることを認める趣旨であるかどうかについて考究するに本件にあつては公共の福祉増進のため公社が一般方針を樹て既存の他局加入の電話を整理し其の一環の一として本件他局加入の電話を整理するもので単に債権者個人に存する事情によつて整理するものでないことは<証拠>を綜合して認められる。然し法第二十九条第四項但書による他局加入を承認した加入者に対し如何なる場合にその承認を取消すかに付ては明文がないが、それは他局加入という特殊取扱をするについての承認要件として(一)業務の遂行上支障なく(二)特に必要と認められる場合を法が明示しているので、此の要件の一つでも欠如又は消滅するに至つたときは必然的に其の例外取扱が消滅するに至るとすることは加入者公平取扱の立場から自明の理であるからである。此の場合、右承認要件の欠如又は消滅の判断決定は何人がなすかというのが次の問題であるが、法第二十九条第四項但書による他局加入承認の要件の存否並に加入の諾否の判断決定が公社の裁量に委ねられていることは同法条の規定により明らかである。それは事業の経営面及び技術面に専門知識と経験とを有する公社に電話事業の経営運行を委託するを以て最適当であるとする理由に基くことも亦明らかである。此の理から右承認要件の欠如又は消滅によつて不存在となり他局加入の取扱が消滅したとする判断決定は公社に委ねられた裁量事項の一つとしていつにても公社の為し得るところと言わねばならない。事実本件においては公社が其の裁量により他局加入の承認要件の消滅に因り他局加入取扱が消滅したと判断決定したものであることは前段引用した疎明と同一疎明によつて認められる。そうとすると此の場合加入電話は何れかの電話局に所属しその取扱電話局は専ら公社の指定するところに属すること法第二十九条第四項第三十条第四項により明らかであるから他局加入なる特殊取扱が消滅しても其の儘放置は出来ないのである。本来電話は加入者の住所又は営業所を加入区域とする電話局に所属さして設置するを原則とするが故に(法第二十八条第一項第二十九条第四項参照)本件の場合も此の原則に復帰して加入電話は加入者の住所たる調布市を加入区域とする調布電話局に所属替とすべきものである。然しながら果して公社において此の理の指示するところに従つて現実に一方的に斯る変更手続を執行すべきことが認められているかどうかを検討するの要がある。

成立に争のない疎乙第三号証電信電話営業規則同疎乙第八号証同規則について見るに同規則第百八十三条には第一項に公社は一の電話加入区域内に二以上の電話局がある場合はそれぞれの加入電話を電話局に収容すべき区域即ち一の電話局の担当する地理的範囲を定めることにし第二項に公社は一の電話局毎に収容区域が定まつているところ新規の電話局が開設されたので従来の電話局の収容区域に変動が生じることとなつた、それで新規の電話局の収容区域に入つた電話は其の新規の電話局に収容することにするというのであり同規則第百八十四条は電話の加入区域が変動を生じたため、電話が新規の電話加入区域内のものとなつたときは、その電話を新規の加入区域内の電話局に所属替をすると定めてある。そして右第百八十三条は法第二十九条第四項の加入電話は、当該電話加入区域内に二以上の電話局があるとき公社の指定する電話局に収容するとの規定を根拠として制定されたものである。右第百八十四条は右第百八十三条を敷衍し収容区域を加入区域に置き換えることにより加入区域の変動の場合を規定したものである。

このような筋道を辿つて制定された営業規則第百八十四条であつてみれば、公社が加入区域の設定変更さへも委ねられていることを参酌し右百八十四条を更に一歩進めて敷衍することにより法並に営業規則は本件に観らるる如く、他局加入の取扱が消滅し当該電話を本来の加入区域内の電話局に所属替をしなければならない事態が現出するに至つた場合は、右第百八十四条に準じて公社が一方的に当該電話を本来の加入区域の電話局に所属するものとするとの意を包含するものと解せられるのである。此の際一々加入者の同意を要すると為すが如きは公社の設備並に役務の提供の公平を保つ画一性を期し難く且事業の運営を阻害するので法の認容するところでない。公社の電話事業に付ての経営面並に技術面の専門知識と経験、公共の福祉の考慮を活用して為された裁量により他局加入の承認要件が消滅したと判断せられたもので、此の判断は電話の所属電話局替をしなければならない行為に融合し、其の一体となつたものは、加入者たる債権者に右所属替を為す旨の通告の内容を為すものである。以上を総合すれば公衆電気通信法、日本電信電話公社法並に公社の営業規則は公社が裁量により他局加入の承認要件が消滅し他局加入の取扱が消滅したとするとき必然的に公社は一方的に其の加入電話を本来の加入区域にある電話局に所属替をするものであるとの趣旨を含むものと解される。

而して昭和三十九年五月に為された前記の公社の通告の性質は公企業の経営体たる公社が裁量により他局加入の承認要件の消滅により他局加入の取扱が消滅したものであるとの判断を下した以上、必然的に法並に営業規則に羈束されて為すべき公社の一方的行為であつて、公社が公益上認められた権力行使による公法関係の処分に外ならないので加入者の受忍が要請されているものである。従つて該通告が公権力行使による処分として存在する以上、行政訴訟法による抗告訴訟により其の処分行為の取消又は無効が確定するまでは有効に存するものであるから民事訴訟法の仮処分は固より適用なく、同法による仮処分で右処分の執行の停止を求めることは出来ないものである。依つて債権者の本件仮処分の申請は之を却下し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。(裁判官 藤本久一)

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